死ぬ勇気のないヤツに限って簡単に死にたいという事実

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最低だと思う。

大して辛くもないのに「死ぬ」とか「死にたい」とかを簡単に平気で口にするヤツ

最低だと思う。

死ぬを口して「かわいそうだね~」とか「辛いね~」とか、周りから慰めて欲しいのか何なのか知らんけど、そういうヤツに限って死ぬ勇気などサラサラない。

なら、始めから死ぬなんて言葉は口にするなって話し

信用できない人

死ぬ勇気がないなら「生きたい!」って素直にいえばいいやん!それの何が悪いの?

だから、ニコ生でもツイキャスでもブログでも死というか死にたいみたいな自殺めいたことを語っている人のことを自分は全く信用しない。

信用しないというのも違うかな?何といっていいのか難しいんだけど・・・

その人のことをキライいとかイヤだとかそういうことじゃなくて、この人ってそういうことを軽々しくというか簡単に口にする人なんだと理解するというか・・・

最大の親不幸

確かに「生きることが辛いな~」と思って、やんわりと「死にたい」とか「死んだらどうなるんだろう」とかを思うことはあるけど、それを軽々しく口に出しちゃいけないと自分は思うんだよね。

だって、せっかく産んで苦労して育ててくれた両親には死ぬことをどう説明するのよ?

大体、最大の親不幸は、親よりも先に死ぬことだからね。それを平気でやるってダメだろ??

手を差し伸べてくれた人のことを考える。

それと、友達だって、先生だって、同僚だって、上司だって、生きるためにどんだけのことを手ほどきしてくれて助けてくれたかだよ。

確かに、悪い友達、不公平な先生、横柄な上司など、中にはそんな嫌なヤツも多くいたかもしれないけど・・・

それ以上に、周りの人からいろいろな恩恵を受けてるやん!応援してくれた人もたくさんいたやん!

そういった人たちのことを考えると、やっぱり気軽に死ぬとかいえないし、いっちゃいけないと思うんだよね。

最後に

あるツイキャスを見てて、ふっと思ったので死について記事にしてみました。

確かに、辛かったりすると死にたいって思うときはあるよ。それを否定はしない。

ただね、やっぱり口にしちゃいけないって思うんだよね。

とはいいつつ、こんなことが書けるのは、結局、自分は何だかんだで恵まれてるからなのかな?わからんけど。

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