人はいつか死ぬのだから人間関係で悩んでも仕方がない!?

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人間関係で悩んでも仕方がない!?

あるテレビ番組を見ていたところ「人はいつか死ぬのだから人間関係で悩んでも仕方がない」といっていた。その人間関係とは、親、兄弟、友達、親戚、仕事などのこと。

確かに、人はいつか死ぬしそう思うと、人間関係で悩んでも仕方がないという考えもあると思う。むしろ、それが正解なのかもしれない。

しかし、こういってはなんだけど、そんなことはいわれなくてもわかっていることで、わかっていても悩んでしまうのが人間関係だと思う。

死ぬ気でやれといわれても・・・

人はいう「死ぬ気でやれ!」とか「死ぬ気でやれば何でもできる!」とかね。でも、そうは思っていても、大抵の人は死ぬ気でやることはできない。

例えば、大学受験でも、全員が全員で死ぬ気で勉強をやっていたら、その全員が東大とか京大に行けるわけ。でも、東大や京大に行ける人もいれば、それ以下の六大学とか関関同立とか大東亜とかに行く人もいるわけ。

ということは、人は、死ぬ気で努力できる人もいれば、できない人もいるということ。

そこに、死ぬ気でやれといわれても意味がないというか、意味がないことはないんだろうけど、全員が全員でそんな思いで物事は進められないということ。

実感のないことをいわれてもわからん!

結局、死ぬこと云々で物事を語るのは、簡単だということ。

しかし、実際は死んでいないのだから「死ぬ」とか「死ぬ気」とか「死ぬ思い」とかいわれても、そんなのは、実体験というか実感としてわからないこと。そのわからないことを言葉だけでいわれても「そんなの知らんがな!」となってしまう。

しかしこれが、例えば病気とかで、実際にあと数年後とか数か月後とかに死ぬとなれば、死ぬ実感も沸いて、本当に死ぬ気で何でもできるのかもしれないけど・・・・

人は、いつか死ぬとわかっていても、できることもあればできないこともあると思う。それは、その人なりの「考え」とか「思い」とか「プライド」とか、そんなものがあるから。

最後に

例えば、好きな人がいても、自分はブサイクだから告白しても無理とか、芸能界に憧れるけど才能がないからとか、営業の仕事は話下手なので向いてないとか、どこかで自分なりの無理の線引きしをてしまう。

だから、人はいつか死ぬのだからといわれても、この人は好きとか嫌いとか話しやすいと話しにくいとか、その人に対して自分なりの線引きをしてしまい、人間関係で悩むことになる。

だから、死ぬ云々いわれても、それが自分の実感としてなく、死ぬことを思ってみても思い通りに物事は上手く進まないと思うし、それがその人なりの人生になると思っている。

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