自分が何のために生まれてきたのかを考えることがある。

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自分は何のために生まれてきたのか?

たまになのですが、自分が何のために生まれてきたのかを考えることがある。

それは、自分の中では「誰かに必要とされたから生まれてきた」もしくは「仕事など何かに必要とされたから生まれてきた」と思っている。

その必要とされているとは、例えば、両親だったり、友達だったり、学校だったり、社会だったり、仕事だったり・・・

誰かにとか何かしらに必要とされたから、自分は生まれてきたのだと思っている。

生かされている自分

だから、生かされている間は、必要とされているから生かされているのであって、そのため生きる必要がと思っている。

そして、それがどんなにダメな人生を歩んでいたとしても、必要とされている間は生きる価値があると思っている。

だから、自分も含め人は生きているだけで、それだけで価値がある存在だとも思っている。

それは、どんなに金持ちだろうがどんなに貧乏だろうが、どんなに優秀だろうがどんなにダメだろうが、同じ一人の人間として同じように価値があるということ。

ダメ人間な自分

このブログではよく「ダメ人間の自分は生きている価値はあるのか?」みたいなことを書いてしまうことが、度々あるのですが・・・

そんなことを書いておきながら、実はもう答えは出ていて、生きる価値があると思いながら生きている自分がいる。

逆に、そう思わないとやっていけないというのがあって、それは、ダメな自分には明るい未来など存在するはずもなく・・・

だからせめて「こんな俺でも生きる価値があるんだ!」ぐらいに思わないと、やってられないというのがあるから。

同世代を見て思うこと

自分と同じ同世代の人といえば、結婚している人もいれば、子供がいる人もるし・・・

また、会社を起こした人もいれば、大手企業で部長をやっている人もいれば、公務員の人もいるし、自分の3倍も4倍も給与を稼いでいる。

それは、自分より上位というか、自分より頑張っている人の方が周りには多いということ。

それに比べると、自分は頑張りが足りないと思うし、それをして、自分はやっぱりダメ人間なんだと思うわけです。

最後に

自分の存在を下にして、ダメだダメだといっていれば楽になれるから、それで、自分はダメ人間だといっている部分もあるのですが・・・

しかしそれ以前に、人と関わることが大嫌いで、ろくに努力もできない自分は、やはりダメ人間だと思うわけです。

そんなダメ人間の自分が、何のために生まれてきたのかと考えるのは、必然というか自然の流れであって・・・

それは、自分が生まれてきた価値を見い出せないとこには、生きる価値がないダメ人間で、人生が終わってしまう未来を考え辛くなるからです。

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