他人が不幸になることはすなわち誰かが幸福になること!?

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誰かの不幸は誰かの幸福!?

例えば、誰かが1億円を失い不幸になれば、その1億円は誰かの手に渡っているということになり、その1億円を手にした人が逆に幸福になる。

・仕事で誰かが降格すれば、それと入れ替えに誰かが昇格する。

・競馬で誰かがハズレれば、逆に誰かが的中することになる。

・野球で誰かがレギュラーから外れれば、それと入れ替えに誰かがレギュラーになる。

・誰かがイジメられていれば、自分はイジメられなくて済む。

他人の不幸は密の味

「他人の不幸は密の味」とはよくいったもので、誰かが不幸になれば、それと入替えで誰かが幸福になる。

人は、そのことを感覚的に覚えていて、だから人の不幸を喜んだり楽しんだりする人がいるのだと思う。

その感覚以前のDNAの段階で、自然と生存本能が働き、他のDNAの危機は、自分のDNAを残すチャンスだと認識するとも言われている。

偽善者

人によっては「他人の不幸は蜜の味」を否定する人は「偽善者」だという人もいる。

しかし、逆の人もいて、人の不幸を喜んでしまった時点で「恥ずかしい人間」だということを自覚した方が良いという人もいる。

そのどちらが正解なのかは自分にはわからない。

最後に

みんなが幸福になれれば他人の不幸を喜ぶ人なんていないんだろうけど、世の中そう甘くは行かない。

そんなストレス社会の中で、人の不幸を喜ぶぐらいしか、そのストレスを発散るす方法がないというのもなんとも悲しい現実だと思う。

そこで、自分の不幸な人生を恨み、他人の不幸を喜んだところで何も変わらなとはわかっていても喜んでしまうのが、本来の人間の心理なのかな?

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