キャビンの大学生時代

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パチスロを覚える

高校を卒業後、何とか三流大学に進学するも学費を稼ぐために、高校生のときと同じ「バイト三昧の日々」を送ることになる。

このとき大学で知り合った「悪友」に連れられてパチスロを覚え、バイトの収入のほとんどをパチスロに散財してしまうことになる。

この悪友との出会いがなければ、パチスロに出会うこともなく、その後ギャンブル依存症になることもなかったと思うと、今でも後悔というか悔しくてたまらない。

ルーチンが出来上がる

パチスロを覚えてからは「学校(睡眠)→パチスロ→バイト(夜中)→帰宅(仮眠)」このルーチンが出来上がり、このルーチンで日々を過ごすことになる。

ただ、パチスロで散財していても、学費は自分で払うと約束して大学に進学したので・・・

両親からの援助も多少ありましたが、学費だけは意地でも払うと決め、パチスロで散財していても学費だけは何とか払い続けていました。

パチスロ依存症

そんな大学生活も月の中旬ぐらいになると、パチスロのやり過ぎでお金が無くなるので、中旬~下旬に掛け勉強するといった感じで、学生生活を送っていました。

ただ、パチスロで勝ってお金があるときは、中旬・下旬に関係なく、ずっとパチスロに通い続け打ち続けていました。

ときには、大学を休み、バイトを休み、ずっとパチスロを打つなんてこともしていました。今考えるとギャンブル依存症ともいうべく、完璧に「病気」だったんだと思います。

就職活動

それから大学も4年生となり、就職活動の時期に突入する。

やりたい仕事(IT系)はあったものの、当時ITなんて大手でもない限りまともに導入している企業は少なく・・・

そのためIT系の就職先は少なく「諦めモート」になってしまい、就職活動が適当になってしまい、卒業ギリギリになってようやく内定先が決まることになる。

ちなみに、その内定した会社は、社員数「10名」の「弱小ソフト屋」でした。

正直、内定した会社は、規模が小さ過ぎたので行きたくはなかったのですが、もう後がなかったので行くしかない状況での就職でした。

最後に

そして、取り合えず内定が出て良かったと安堵するも、この選択が後々失敗だったことに気付くことにります。

そんな感じでしたので、大学は一応規定の年数(4年)で卒業できたものの、ギリギリの成績での卒業となりました。

そんな大学時代は、とにかくパチスロありきの日々で、全く意味のない学生生活でした。

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